私のサイトを読んでいる人の中には、虐待した側の方、子から絶縁・疎遠にされて「なんとか戻ってきてほしい」とその方法を探している方も、いるかと思います。
気づいてください。
その思考自体が、毒親的です。
人は大人になったら、自分の機嫌は自分で取らなければなりません。
なのに、あなたは子供に去っていかれた寂しさを、自分でなんとかするのではなく、「子供に」埋めてもらおうとしている。
若かりし頃、思い通りにならないと怒鳴り散らしたり、兄弟間でえこひいきをして親への愛を競わせたり、子供を使って虚栄心を満たそうとして成績や就職先・結婚相手などに難癖をつけたのと、根っこは同じです。
「でも、私はもう反省したから」ですか?
「自分が」反省すれば、「子供が」戻ってくるべきだ
という考えは
「自分が」イライラしてみせれば、「子供が」機嫌を取りにくるべきだ
という考えと根っこは同じ。「子への支配欲求」です。
自らの意思で去っていった子供を引き戻そうと画策している時点で、子供の意思を無視していますよね?
子供の意思を無視して、子供を思い通りに操ろうとするのは、毒親そのものです。
「私だって大変だった、つらかった」
「私だって自分の親から暴力をふるわれた被害者だ」
ですか?
虐待した親も、かつて虐待された経験がある被害者でもあったり、貧困や夫婦不仲などつらい思いを抱えて必死に生き延びてこられたのだと思います。
だから、虐待加害者であるあなたもまた癒されていいし、許されていい。
ただ、その癒し・許しに子供を利用してはいけません。
虐待した親にとっての癒し・許しは、子を虐待した事実・愛せなかった事実を受け止め、「不器用だったけれども、自分はこういう生き方しかできなかったね」と「自己受容」をし、一人又は夫婦だけの老後を模索することです。
間違えてはいけません。